読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Vivid perfect

にわかブロガー

モラトリアム

 たとえどんな"忙しい"であっても"忙しい"は"忙しい"であり予定に圧迫された狭間にある時間が大好き。確かに様々な種類の"忙しい"は存在する。だがそれらには、楽しい、楽しくないの違いこそあれどストレス・身体的疲労は少なからず存在する。「予定に圧迫されている」という点では変わりがない。予定に圧迫されたくない。じゃあ予定を減らせばいいか。そうでもない。どんな種類の"忙しい"でもそれがなくなると途端に虚しくなるものでやはり必要なものだと感じるし、予定と狭間の時間の管理を自分が最も心地よくなるように管理できるようになりたい。少なくとも大学在学中にこれはできるようになっておきたいという気持ちがある。

 しかし仮にこのスキルを身に着けたとして、社会人になってこれは生きるのか。自分のことよりも会社優先な社会。どうやっても予定に圧迫される未来が見える。どうすれば切り抜けられるのか、体力をつければ予定と予定のインターバルを短くしても生きていけるかもしれない。誰か一緒に体力つけませんか。

 

-第一部完-

-第二部始-

 やりたいことがあるが実行出来るだけの条件が揃っていない。やるべきことはわかっているが重い腰を上げることができない。これは大学入学時から考えていたことだが、自分はやるべきことリストを作っても時間予定までカッチリ決めなければほぼほぼ実行できない(決めてもできない時ももちろんあるが)。この原因はなんなのか。「面倒くさい」「それをやって得られる成果とコストが釣り合うかわからない」といったところだ。文字に書き起こしてみると「なんだそういうことか、それを解決すればいいのか」と感じる。だが「めんどうくさい」を解決する方法とはなんだ。

 一つあげられるのはそれをやらなければならない状況に自分を追い込むことである。これは自分にストレスを掛けたくないという本能が作用してあまり発動したことはない。あるのは資格試験でとりあえず申し込んでしまうとかそういったレベルの話のみだ。だがこれは自分にとってかなり効果的なので比較的実行すべき方法のように思える。

 二つ目はそれをやった場合にどれほどの利益を得られるかということを想像しふくらませるという方法がある。説明するまでもないがこれは「成果とコストが釣り合うかわからない」にも通じることだが、天秤の成果側を重くすることが目的だ。さもこの方法を紹介しているような文章だが、一度もやったことがない。というか今思いついた。今度やってみよう。

 いろいろ文章にしたら落ち着いてきた。適度に野球見て適度にアニメ見て適度にやるべきことができるように頑張っていきたい。

 

おわり

 

 

P.S. 体力付けたいのは本当のことです。誰か付き合ってくれるととても喜びます。